岩波文庫 100冊 をハイカラ決めて読む日記

岩波文庫創刊100周年に向けて。

ドイル『シャーロック・ホームズの回想』[5/100]#1 / 酷暑

本日も酷暑。いちいち言わんでもよろし。

往復の電車の中で、『シャーロック・ホームズの回想』を引き続き読んでいく。
「シルヴァー・ブレイズ」「ボール箱」の2篇。『シャーロック・ホームズの冒険』となると、例えば「赤毛連盟」とか「ボヘミアの醜聞」とか、よく知られたタイトルが浮かんでくるが、この『回想』となると、さてどんなタイトルが出てくるか。
もちろん「最後の事件」もあるし、「ギリシャ語通訳」も浮かぶ。「海軍条約文書」もあった。

蒸し暑さの中から車中で涼を浴びる人びとにまぎれて、のんびりと文字を追っていく。そうなのか、この「ボール箱」は発表当初にその内容から物議を醸して単行本化されなかった〈いわくつき〉の一篇。こりゃ楽しみだ。

その「ボール箱」の締めくくり。

「ワトソン、この事件にはどんな意味があるんだろうね」ホームズは厳しい口調で言い、調書を置いた。「この悲嘆と暴力と恐怖の連鎖はいったいどこへ向かうんだろう? 必ず行き着く先はあるはずだ。でないと世の中はすべて偶然によって支配されることになる。そんなことは考えたくもないよ。
だが、終着点はどこだ?
これは永遠に続く問いであり、人間の理性は決して答えに辿り着けないんだろうね」(改行引用者)

「花婿の正体」、人間の人生

往復の電車のなかで、コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの回想』(角川文庫)を読んでいく。猛暑がつづくので、少し軽めの話に付き合っていこうという感じ。
手にしているのは角川文庫だがしかし、岩波文庫で『シャーロック・ホームズの回想』があったとはちょっと驚いた。1963年刊行。

今回は角川文庫版を使う。ちなみに、わたしがこれまで読んだ個人全集のひとつは、この「シャーロック・ホームズ全集」である。日暮雅道さん個人訳だ。

さて、今日は終日会議で終えた。そのうち半分はひとりでしゃべっていた。ここのところずっと喉が痛い身には辛い。
帰宅してブログを書きはじめたところで、『シャーロック・ホームズの冒険』(角川文庫)の一篇「花嫁の正体」を読んだときの記事があったので、『回想』に先んじてせっかくなのでサルベージしておく。

手持ち無沙汰のときには、車内ではKindleを開いて、コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」の短編をぽつりぽつりと読んでいる。
いまは『シャーロック・ホームズの冒険』(石田文子訳、角川文庫版)に収められている作品を一編ずつ。その日に読み終わる場合もあるし、疲れて面倒くさくなって本を閉じてしまうこともある。

今朝は「花婿の正体」。品川駅で、山手線が運行調整のために停車しているあいだに読み終えてしまった。爽快な話でもなく、モヤモヤがだいぶ残る話だ。なんでこの話を選んだのだろう。その前が「ボヘミアのスキャンダル」「赤毛同盟」だったからなあ。

honyakumystery.jp

「人生というのは人間が頭でつくりだすどんなものよりも、はるかに不思議なものだよ。
ぼくたちの思いもよらないような人生でも、どこにでもあるありふれたものとしてそこに存在するんだ。
もしいまぼくたちが手に手を取って、あの窓から飛び出し、この大都会の上空を舞いながら、家々の屋根をそっとはずしてなかをのぞきこんだとしよう。そこではどんな奇抜なことが起こっていることか。
不思議な偶然や企てやすれ違いなどが驚くべき連鎖反応を生み、世代を超えて影響し、世にも奇妙な結果を生んでいる。
それに比べれば、どんな小説も、月並みなプロットや見え透いた結末しか持たない陳腐で無意味なものとしか思えなくなってしまう」(※改行は引用者)

シャーロック・ホームズの一席にワトソンは反論しようとするが、小気味好く切り返されてしまう。

芥川龍之介『羅生門・鼻 / 他』[4/100]#3 / 夏の両輪

あまり変わり映えしなかった3連休だった。時間さえあれば横になっていた。息子の部活(軟式テニス)の備品などを買ったりしていた。部活もいろいろと物入りではある。
しかも塾の夏期講習もあり、部活と勉強の両輪でソコソコ忙しいみたい。小人閑居して不善を為す。忙しいのはけっこうなことである。

芥川龍之介「芋粥」を読む。芋粥にこだわる男の話は、ほお、こういう話か。ちょっと前半に記述の偏りすぎの嫌いはあるように思える。はたして、五位何某を導いた男・利仁は〈解放者〉となったのか。最後の2行がいいですね。

【横浜日記】
甲子園での横浜DeNAベイスターズ v.s. 阪神タイガースとの3連戦。初戦には、平良拳太郎投手。5/8の阪神戦以来の白星だそうで2勝目。やれやれですが、球は良かったですねえ。
打っては宮下朝陽選手、エンカーナシオン選手のホームラン、さらには9回に畳みかけて3点。終わってみれば7-0で快勝。連休明けは好いスタートを切れそうです。

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芥川龍之介『羅生門・鼻 / 他』[4/100]#2 / 算命学の勉強、暑気払い

うーん、喉の痛みと怠さは抜けつつあるがまだ完全とはいかない。夏風邪ですかねえ。しつこい。
午前中はやや無理をして、算命学教室へと出かける。
午後は家の雑用で過ごす。

引き続き芥川龍之介の短編集を読んでいく。いわゆる王朝物だ。
今回は「鼻」。異様に長く大きい鼻を持つ僧正の〈心理的葛藤〉を描く。その鼻を短くしようと願い、いざ治療をして短くなってみると、僧正の周囲の様子、自分を見る目が従前とは違うことを察してうろたえる。心の機微の面白さを端正な文体でつづっていくが、まあうまい筆運びです。

【横浜日記】
対東京ヤクルトスワローズの3戦目。5-1で3連勝。〈オールドルーキー〉片山皓心投手が苦しみながらもプロ初勝利を上げた。
いろいろ課題はあろうが、まずは御目出度う御座います!

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芥川龍之介『羅生門・鼻 / 他』[4/100]#1 / 引き続き臥せっている

引き続き、喉の痛みと微熱はつづいている。
かみさんの親戚同士で義父母の墓参りの予定だったが、集合場所まで家族を送っていっただけで墓参は控えさせてもらった。昼間は寝たり起きたり。咳が酷くてまともに寝られない。

芥川龍之介『羅生門・鼻・芋粥・偸盗』(岩波文庫)を読みはじめる。

「羅生門」。何十年ぶりに読み返しただろうか。当時はさっぱりその良さが解らなかったが(クリアカットされた文章だなという印象程度かな)、いまは少しだけ理解できる気がする。
下人の〈覚悟〉が問われ、そして下人は新たな悪人として再生し闇夜へと消えていく。清々しささえ感じられる一篇だ。

【横浜日記】
本当なら、ハマスタにも出かける予定だったのに。こんな体調じゃあ、外野席では身体がもたないと泣く泣くキャンセルした。家族はウキウキでハマスタへ。
前日が大勝ちの試合だっただけに今日はどうだろうと思ったら、深沢鳳介投手がいいじゃないのいいじゃないの。
終わってみれば8-0の完封勝利。そしてプロ初勝利。
御目出度う御座います!

役に立つか 立たぬか

昨夜から咳が止まらず微熱もあって、活字を読む気になれなかった。
横浜DeNAベイスターズと東京ヤクルトスワローズとの初戦は、12-4の大勝。
尾形崇斗投手が力投したな。これで対スワローズは5連勝。

いつ死ぬかわからねど
生きている間は何かするなり。

役にたつかたたぬかわれは知らねども
生きている間は何かするなり。

自分は正直にいいものをかこうと思えども
果していいものかどうか我は知らぬなり。

我も知らず人も知らず
何が知るか、我は知らず。
生きていることが何になるか
死ぬことが何になるか
我は知らぬなり。

心にとがめられること
我は嫌いなり。
嘘つくことは心とがめられるなり
他人を不幸にすることも
心とがめられるなり。

心に自身のもてること我は好きなり
一心に仕事をすること、
ただそれだけが
自分に自信を与えるなり。
役に立つか立たぬか知らねども
我はただ一心に仕事するなり
その時心おちつくなり。
心おちつくこと我は好きなり。

武者小路実篤「役に立つか 立たぬか」。
トイレに置いていた日記本で紹介されていました。一読、好みではない詩だがなんとなく気になったので孫引きしてみた。

一茶『父の終焉日記 おらが春』[3/100]#2 / レビュー、終わり

来週の祝日明けに全日ブチ抜きの会議で発表する資料のブラッシュアップと上長レビューを2時間ほど。クソ暑い。
ブラッシュアップしてレビューして、またレビューして。
終わったときには昼休みにとっくに入っていた。ま、終わったから良いですけど。

引き続き、一茶『父の終焉日記』を読んでいく。
christie.hateblo.jp

いよいよ、父親の臨終である。

廿日の月は窓をてらし、隣隣は寝静まりては、八声の鶏も遠く聞ゆる(ころ)は、しきりに息の通ひも低くなり、(はじめ)より心にかかりし痰はしばしば喉をふさぐ。あはれ、とても叶はざる玉の緒ならば、せめて痰をとりて参らせたく思へども、花陀(かだ)*1にあらざれば、(たえ)なる術も更にしらず。しをしをと手を空しくして、いまは時を待つのみの胸のくるしび、かなしびを、天神・地祇もあはれみもなく、夜はほがらに明けかかり、()上刻といへる(ころ)、眠るごとく息たへさせ給ひけり。

この後は、野辺の送り、荼毘に付し、初七日、とつづく。注もしっかりとされていたが、わりと読みやすい文章だった。
それにしても苦労人なのですね、一茶という人は。家族・身内に恵まれなかった。故郷にも受け入れられなかったという。ディアスポラの人なのか。「おらが春」あたりの頃(1819年前後)が彼の幸せな時期だった。
「おらが春」を詠んだあたりの一茶の年齢は、いまのわたしと近い。より一層哀しさと親近感とを覚える。

*1:支那の後漢末の名医。